会社ができるまで

私は屋根職人になんか絶対にならない!!

写真 51年前(1970年)私の父は屋根葺き職人としてこの世界に入りました。当時は屋根職人さんも少なく、毎日忙しくひたすらに仕事をこなしていたそうです。そして父が30歳になった時、私が生まれました。

私は父親の仕事のことに関心持ったのは、中学二年生の時です。
中学校で宿題として出された「両親の仕事を学ぶ事」がキッカケでした。初めて父親の仕事を見学に行った時、私は衝撃を受けました。

当時まだ丸太足場が使われていたのですが、試しに乗ってみたら怖くて怖くてその場から一歩も動けませんでした。
そんな私の横をひょいひょいと動き回り、テキパキと屋根を葺く父の姿を見て
「こんな怖い場所で動き回るなんて私には絶対無理だ!」
そう思ったのを今でも覚えています。

「私は屋根職人には絶対ならない!」

それから30年が過ぎ・・・
私は社会人になり、サービス業、製造業、現場作業員、トラックドライバー、営業職といろいろとやってきました。しかし、最後に就いた営業の仕事で大きな悩みを持っていました。

会社での上司からのパワハラです

お金のため、生活のために働く、嫌なことがあっても家族の為に我慢しないと・・・でもこのままの人生で本当に良いのか・・?

年齢を重ねるごとに、そんな思いが私の心の中で大きくなっていきました。

そして、私が32歳になったころ転機が訪れました。
父親からの電話です。

「最近屋根葺きの仕事がとても忙しくて、一人ではどうにもこうにも回り切れない。お前の仕事は今どうなんだ?」

この時父は62歳で足腰も体力も衰えていく年齢でした。

いつもなら軽く聞き流していたこんな世間話も、当時仕事に悩んでいた私は父の言葉で揺れ動きました。
そして家族の後押しもあり、私の決意は決まったのです。

「怖いと思った事でもどんどん色んな事に挑戦していこう!」
「地元に帰って、屋根葺きの仕事をやってみよう!」
「経験積んでいつか独立したい!」

私の屋根葺き職人としてのスタートはここから始まったのです!!

私が屋根葺き職人になって今年で9年目です。
父は後継ぎを考えていなかったのでスレート瓦(カラーベスト)一本で仕事をしてきましたが、私は規模を拡大するべく

スレート瓦はもちろんですが、シングル、Rooga、カバー工法、葺き替え、雨漏り補修、太陽光パネル設置、樋交換などに挑戦し経験を積んできました。

そしてこれからも、今までの様々な仕事での経験も活かし、プロの屋根葺き職人として今後も全力でお客様の為に最高の満足をお届けできるように日々精進してまいります!!


2021.4.28   杉山屋根工事代表 杉山貴宏